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LOGiNが休刊

by ktj posted at 2008-04-18 07:24 last modified 2013-11-07 06:50

株式会社エンターブレイン login ログイン休刊のお知らせ(PDF)

ログインは87年〜94年頃まで愛読していた。残念といえば残念だが、ま、これも時代の流れというやつだろう。

かつてのログイン(小島文隆氏と河野マタロー氏が編集長をやっていた頃)のすごかった所は、小島ヘンシューチョ以下、Apple][やAtrai400をリアルタイムで使ってた人が軸になっていた、って所だと思っている。国内のゲームしか見ていないと、国内のゲームのいいところも悪いところもわかりにくくなるわけですよ。編集者の経験の豊富さからくるログインならではの切り口、ってのがログインをログインたらしめた部分ではあると思う。

そして時代は過ぎ、黄金時代を支えたスタッフが昇進したり独立したり、他のアスキーの雑誌に移ったり(藪暁彦氏→EYECOM、新井創二氏→MSXマガジンなど)して現場に深くタッチ出来なくなり、88mkIISR、あるいは98VMからゲームに触れた層が主力になったあたりからログインならではの切口が薄れてきたような気がする。私はサワノフ、忍者増田→OK、それ以降→NGだった。まあ、過去を懐かしんでも詮ないことではある。

おまけ、ヤマログが出来た頃のロ○○ンクイズを思い出す。個人的には、ロやンまでいじった「中国ジン」と「□○○|>(おでん)」がツボ。

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そういやPCのBIOS設定で+/-キーを設定変更用のキーとして使っているものがあるけど

by ktj posted at 2011-12-04 13:47 last modified 2015-12-26 10:28

+と-のキーの位置って国ごとに違っているよね。JISとUSは+のキーの位置が違うし、ドイツのキーボードは+/-共にJISともUSとも異なる位置にある。

で、OSはキー配列の差をドライバで吸収しているが、BIOS設定の時点では接続されているキー配列が分からない状態のはず。どうなってるの?ということで、うちにあるデスクトップPCを起動してチェックしてみた。(ちなみにそのPCにつながっているのはAXキーボード)

結果。フルキーの方の+/-には無反応で、テンキーの+/-のみに反応するという仕様だった。

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#25年前の若者に言っても信じて貰えないこと パソコン編

by ktj posted at 2013-06-23 08:27 last modified 2015-07-11 10:54

Twitter上でのネタ。togetterでまとめられている。私自身Twitterで書いているけど、「今の一般の人が『25年前の若者に言っても信じて貰えないだろう』と考えていること」って、当時のパソオタにとっては(たとえ予想できなかったとしても)指摘されたら納得してしまうんじゃないかと思ったり。中には当時からあったものもあるし。

今から25年前、つまり1988年ってどういう時代だったかというと、

  • 国内の家庭用パソコンは8ビットから16ビットへの移行期
    • 8ビットパソコンの最終モデルはMSXを除いて翌年の89年までに登場している
    • 16ビットパソコンの高解像度に対応したゲームがぽつぽつ出始めた頃。テキストだけ高解像度でグラフィックは8ビット機(640x200ドット、8色)と同様、というケースもアクション性の高いゲームを中心にまだ多かった。
    • MSXは3世代目の2+が登場した年。参入メーカーもソニー、パナソニック、三洋の3社のみとなる。
  • アメリカの家庭用パソコンは、16ビットのAMIGAとATARI-STがしのぎを削りつつ、8ビットのApple][とCommodore64がしぶとく生き残っていた頃
    • Apple][の16ビット版であるGSはホームユース機としては失敗(学校向けのApple][のリプレース機用途に活路を見出すことになる)
    • Macは、初のカラー機であるMacintosh IIが登場した頃で、ビジネス用途が主要販路(ビジネス>アカデミー>クリエイティブくらいのイメージ)
    • IBM-PCはEGA(320x200ドット16色)、FM音源対応のゲームがようやく出始めた頃。これでようやく8ビットのCommodore64といい勝負。その一年前までは160x200ドット16色(又は320x200ドット4色)、サウンドはビープ音のみというお話にならないレベル。
  • 家庭用ゲーム機は、PCエンジン(87年)、メガドライブ(88年)が登場。もう少しするとファミコン一強から三つ巴になる
    • PCエンジンのCD-ROM登場もこの年
    • スーパーファミコン・ゲームボーイはまだ登場していない
    • ゲーム&ウォッチもまだ新作が出てたみたい(あまり記憶にない)
  • アーケードゲームはナムコ黄金時代が終わり(とはいえまだまだ強い)、「体感ゲーム」のセガが台頭。以下各社の87-88年の代表タイトルを。
    • ナムコは「ドラゴンスピリット」「ワンダーモモ」「ベラボーマン」「妖怪道中記」「スプラッターハウス」
    • セガは何といっても「アフターバーナー」「ギャラクシーフォース」そしてロングランとなった「テトリス」
    • コナミは「グラディウスII」「悪魔城ドラキュラ」
    • タイトーは「オペレーションウルフ」「レインボーアイランド」
    • カプコンは「大魔界村」か。初代ストリートファイターもあるけど。この頃はまだ中堅メーカーかな。「ファイナルファイト」が翌年。
    • 東亜プランが「飛翔鮫」「究極タイガー」「TATSUJIN」とヒットを連発。シューティングゲームメーカーとしての地位を確立した。
  • パソコン通信は既にあった
    • 機種依存文字の問題が出始めた(下で説明する様々なDOSマシン間でのフロッピーベースでのデータのやりとりでもあったと思うけど)
    • 国内でのインターネットは前身のJUNET時代。まだ学術・研究機関のみの利用。日本語での電子メール用文字コードの基準(ISO-2022-JP)が定められたのが88年
  • 携帯電話は、肩掛け型のショルダーホンが1985年に、国内初の携帯電話(900グラム!)が1987年に登場
  • ビジネス用PCはNECのPC-9801シリーズの圧勝。日本IBMのPS/55、富士通のFMR(とそのパナソニック版のPanacom M)、東芝J-3100、日立B16、AXがその後に続く
    • 上の機種は全部DOSマシン
    • PS/55とJ-3100とAXはIBM-PC(厳密にはPS/55は後継アーキテクチャのPS/2だけど)ベースだが、日本語ソフトの互換性は低かった
    • これらの機種でも一太郎、1-2-3(表計算)、dBase(データベース)といった定番ソフトは一通り揃っていたので「98以外使えねぇ」というほどでもなかったと思う
    • でも管理工学研究所の「松」(ワープロ)、「桐」(データベース)は98専用か
    • 一年前に98互換機のエプソンPC-286が登場
    • オフィスでも「ホワイトカラー一人につきPC一台」はもっと先。私が以前いた職場(一部上場企業)では97年ごろだった
    • さすがに理工系の大学では職員一人一人に占有するPCを割り当てられていた。でも研究室に配属された学生は何人かで一台の共用パソコンを使用。

個人的には、「当時の技術の延長で大きく進歩したこと」ってあまり驚くことじゃないと思う。そりゃ四半世紀も過ぎれば色々変わるでしょうと。Twitterでも書いたけど、過去の自分ならやっぱりこの辺りが信じられないのでは無いかと思う。

  • (最新鋭の体感アーケードゲームだった)スペースハリアーが(88年当時でも過去のマシンだった)PC-6001mkIIとMZ-700に移植された
  • 記憶装置の容量は大幅に増えた(ここは驚くに値しない)一方、「気軽に書き換え可能、ブート可能且つ安価なメディアが他に無い」といった理由のため、2HDのフロッピーが20年以上使われ続ける
  • ソフトバンクは当時の主力業務だったソフト流通とパソコン誌が揃って衰退(ていうかソフトバンクって今雑誌出してないのね。調べるまで気づかなかった)。しかし(ある意味古くさい重厚長大産業の)通信インフラに手を出して会社は大成長
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Computer News

2chの「転載禁止」に際して

by ktj posted at 2014-03-10 07:00 last modified 2014-03-10 07:00

2ch新管理人のJim氏のbbspnk上での見解(レス559)から類推するに、著作権法どおりということかな。つまり

  • スレ・レスの著作権は2chが保有
  • 引用などのフェアユースはOK
  • それ以外の転載・複製については2chが権利行使する可能性がある

ということか。非商用のブログであれば転載を見過ごしてくれるかもしれないが安心はできない。

ということで、当ブログについても、2chからの転載と判断される以下の3エントリについては2chへのリンクに差し替えた。うちはブログで収入を得ているわけではないが、2chが過去ログの公開を始めた以上2chのこの判断に従うことに問題はないし、一介の2ch読者としては多少なりとも2chの利益に沿う形にするのがよいのではないかと思うので。

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MYST再考

by ktj posted at 2018-12-15 18:10 last modified 2018-12-16 16:26

9月の記事で恐縮だがGIGAZINEの「歴史上最も影響力の大きなゲームのひとつ「MYST」はなぜゲーム開発者から賛否両論なのか?」を読んだのでいろいろと思う所を。

まず、タイトルに偽りあり。タイトルでは「賛否両論」と書かれているが記事中では「MYSTを称賛するゲーム開発者の声を見つけることはできなかったそうです」であり、否定一色である。

MYSTというゲーム、当時のアメリカのPCゲーム系メディア(Computer Gaming World誌やPC GAMER誌)からは肯定的に評価されてはいなかった。「MYSTのようなゲーム」という言葉はクソゲーと同義ですらあった。私自身、1999年頃に書いたレビューでは否定的に捉えている。ストーリー性の欠如や操作性の悪さもあり「アドベンチャーゲームとして評価するなら」クソゲー扱いもやむを得ない、とも思う。当時のメディアやゲーム開発者、或いはアドベンチャーゲームファンも同様だったのではないだろうか。Macユーザは好意的に評価しているようだが、当時のMacユーザはゲームを他機種ユーザほど好んでいるわけではない(ゲーム目的ならAmigaかPCを使っている)。

でも売れた。グラフィックスとサウンドは間違いなく当時のゲームとは一線を画していた。ちょうどCD-ROMの普及期でもあり(Macに関していえば最初のCD-ROM内蔵機種が1992年9月に登場したPerforma 600CD)、マルチメディア時代を象徴するソフトでもあった。そして、MYSTライクなゲームが量産されるようになった。これらのMYSTライクゲームはMYSTと比べても面白くなく、PCゲーム系メディアのレビュアーのフラストレーションはますます増大することになった。

一方で旧来の(膨大な量のスクリプトを「読ませる」タイプの)アドベンチャーゲームの開発は、(日本では80年代にそうなっていったように)徐々にではあるが低調になっていった。シナリオ量の増大やアニメーション・スピーチの追加に伴うコスト増に見合った売上が見込めなくなりつつあった、というのも一因だろう。アドベンチャーゲームの衰退は時間の問題ではあったが、MYSTのヒットとMYSTライクゲームの濫造がそれを早めてしまった。

アドベンチャーゲームファンや開発者に取ってのMYSTは「ジャンルを殺した」とさえいえるものであり、それ故に彼らはある種のヘイトをより一層募らせていたように思われる。一方で元ネタ記事"Myst at 25: How it changed gaming, created addicts, and made enemies"の著者であるBenj Edwards氏(1999年に高校卒業とのことなのでMYSTのWindows版が登場した1994年は中学一年生)のように比較的若く、それまでストーリー性の高いアドベンチャーゲームをプレイしていなかった層にとってはさほど違和感のないものだったのだろう。(なお、Edwards氏自身はクラシックアドベンチャーゲームに対するリスペクトも持っている)

個人的には、MYSTというゲームはターニングポイントというよりはある種の特異点だったように思える。DOOMやDiabloのようにその後も続く主流ジャンルを作り上げたわけではなく、市場を引っ掻き回したけどフォロワーは定着しなかったわけで。


さて、この記事を書くにあたり、実に10年ぶりくらいにWindows3.1版のMYSTをプレイしてみた。MYSTは640x480の画面解像度を前提としているのだが、より細かい解像度でも動作可能である。ただしフルHDなどのモニタで見ると非常に画面が小さくなってしまう。SCUMMVMというオープンソースのゲームエンジンがMYSTをサポートしているのでこちらでプレイするのがよいだろう。SCUMMVMならMacやLinuxでもプレイ可能だし画面の2x拡大にも対応している。ただSCUMMVMでMYSTをプレイする場合、(セーブ・ロード・ゲーム終了等を行う際に操作する)メニューバーが表示されない。ではセーブしたいときはどうすればいいかというと、F5キーを押すとメニュー画面が表示されるのでそれに従えばよい。

プレイしなおして感じたことだが、MYSTというゲームは基本的にはパズルゲーム(或いは脱出ゲーム)なのだろう。ストーリーはプレイヤーにパズルをさせるための枕でしかない。ミスト島や4つの時代もパズルありきの舞台である。そしてパズルゲームとしてみると…うーん、チャネルウッド時代など優れたパズルもいくつかあるのだが、全体的には子供向けパズルの域を得ないように思える。あと、4つの時代のパズルを解く順番はプレイヤーの自由なのだが、セレニティック時代はメカニック時代で得られる知見がないと解き方をまず思いつけないようになっている。一つの時代にいくとそこのパズルを解き終わるまでミスト島に変えれないシステムなのでメカニック時代より先にセレニティック時代にいってしまうと詰まってしまう。

そして操作性はやはり悪い。画面内をクリックすることで移動する仕組みなのだが、紙芝居的に画面が切り変わるため想定どおりに移動できたか判別しにくい。例えば「振り返る」動作(マウスポインタが横向きの指になった状態でクリック)の場合、90度移動なのか180度移動なのかは場面によって異なるため、自分のいる場所を見失ってしまうことがしばしばある。特にチャネルウッド時代の木の上のシーンは同じような画面ばかりのためマッピングが大変だった。この操作性についてはrealMYSTでは改善されているのでいまからMYSTをやるならこちらの方がよいだろう(英語版のみだがSteamGOG.comで入手可能)。

あと操作性といえば、セーブデータからゲームを再開する場合、その時代のスタート地点に戻されてしまうのはいかがなものかとも思う。

640x480、256色という当時の環境を前提としていたグラフィックは、1995年頃であれば革新的ではあったのだが今見るとさすがにタイリングの雑さが目につく。同じ256色でもDOSの320x200のカートゥーン調の絵なら今でも通じるのだが256色で写実的なカラーグラフィックを実現するというのはやはり無理があったのだろう。

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